大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6399号 判決

原告

奥山忠

右訴訟代理人

横田聡

田口康雅

被告

東京都

右代表者知事

美濃部亮吉

右指定代理人

中村俊雄

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  剣道事故

1 原告は昭和四三年一月二三日当時警視庁巡査として巣鴨警察署(以下、巣鴨署という。)警ら第三係に勤務していたものであるが、同日午後同署道場において同署警部補根本篤三を相手に勤務の一部としての体育訓練の剣道練習中、原告が根本の面を打とうとして踏みこんだとき根本から下顎に突きを受け、加療三年以上を要する頸椎鞭打損傷の傷害を蒙つた(以下、本件事故という。)。

2 根本は剣道四段で剣道初段の原告よりも技倆においても格段に優れており、危険予防について十分な配慮をして相手方を練習せしめるべきであるのに、これを怠り、同人の面を打つため勢いこんで打ち込んでいつた原告に対し、いきなり下顎に突を加えたものであるから過失の責を負う。

(二)  配慮義務違反

1 原告は本件事故の直後巣鴨署の指定医吉田外科病院で頸部レントゲン透視の結果、「背部挫傷、頸椎捻挫で一週間の加療を要する。」との診断のもとに湿布の治療を受けたが、激しい頭痛や吐き気のため歩行困難となり、事故後三日間自宅で静養し、四日目に同病院で治療を受けた後、自宅で一週間ほど休養しその間時折り同病院に通院した。

2 しかるに原告の直属の上司にあたる巣鴨署次長警部岩瀬信雄、警ら課長警部椎名勲は、右のような状態にある原告に対し、「君はマラソンすればアキレス腱を切つて入院。剣道すれば首が曲つた。柔道すればどうなるんだ。バラバラか。」などとののしり、原告の愁訴に耳を藉そうとせず速やかに勤務につくよう強要し、原告をして無理に職務につかせた。更に岩瀬らは根本のために本件事故を公務と無関係な軽微なものと取扱うべく、原告の本件事故を理由とする休暇許可願に対し休暇理由を変更するよう指示した。

3 また原告は受傷後から公務災害補償の担当者である巣鴨署警務係長警部補斉藤幸治らに対し、地方公務員災害補償法に基づく療養補償請求手続をとり、良い病院を世話してほしいと願い出たが、同人らは同年五月一三日原告名による地方公務員公務災害補償認定請求書を作成し、翌日地方公務員災害補償基金東京都支部にこれを送付し、同月三〇日同支部長から原告の右災害を公務上と認定する旨の措置を得たにとどまつた。

4 上司、公務災害補償担当者らのかような取扱のため、原告は早期治療の可能性を失い、且病状を悪化させ、よつて本件事故による精神的苦痛をさらに深刻にした。

5 岩瀬、椎名は原告の上司として一般的に部下の健康状態に十分の配慮を払うべきであり、特に本件のような公傷の場合負傷の程度、治療の適否につきこれが要請される。また斉藤は公務災害補償担当者として原告の受傷に対し休養や治療等につき適切な事務的配慮をなすべき義務がある。しかるに同人らはいずれもこの義務を怠り、それぞれ前記23の挙に出たもので過失の責を免れない。

(三)  損害

原告は本件事故や上司の無配慮による病状悪化のため、前記吉田外科病院に通院した外、昭和四三年三月一八日から川越市赤心堂第二病院に通院し精密検査の結果、第五、第六頸椎間盤、第七、第八頸椎間盤に損傷が存し、第七頸椎もずれ脳波はアブノーマル、脳圧は通常人よりも高く二五〇、腰椎は脊髄分離症で、六か月の入院加療を要することが判明し、投薬のほかポリネックによる頸椎固定、横臥時の牽引、脊骨固定の為亀甲様のものの上に横臥等の治療を受けた。

原告は昭和四三年四月二二日から同年一〇月三〇日まで同病院に入院したが病状改まらず、以降自宅より同病院に通院治療を受け、昭和四四年五月三〇日から同年六月一五日まで東京警察病院に症状固定したとのことで公傷等級認定等のため入院し、その後一月ほどブロック注射を受けて通院、外傷性神経症との診断を受け、晴和病院の問診を経て、右警察病院において今後も同様の後遺症に悩まされると判定され、昭和四五年二月二五日退職し、再度赤心堂第二病院に通院した。現在でも頭痛、頸椎の鈍痛、指のしびれ、吐き気、耳なり、めまい、目のかすれ、夫婦関係不能、記憶力減退、下半身鈍感などの症状がある。そのため原告は重大な精神的苦痛を受けたが、上司の冷たい取扱いのため一層苦痛が増大したもので、受傷以来原告が蒙つた精神的損害の慰藉料は二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(四)  帰責

根本、岩瀬、椎名、斉藤はそれぞれ被告の被用者として警察官の職務にあたるものであるが、その職務執行中に原告に対し前記の如き不法行為をしたのであるから、被告は民法七一五条により原告の右損害を賠償すべきである。

(五)  結論

よつて原告は被告に対し損害賠償金二、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する弁済期後である請求の趣旨記載の日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)1のうち、原告の傷害程度を争うが、その余の事実を認める。同(一)2の事実を否認する。根本は剣道二段である。

(二)1  請求原因(二)1のうち、原告が本件事故の後吉田外科病院に通院し、原告主張の診断を得て治療受けたことを認めるがその余の事実を否認する。原告は昭和四三年一月二九日は頸部疾患療養のため、またそのご四月一六日まで合計七日間それぞれ別の理由で、有給休暇をとつた外は平常どおり勤務し、一月二三日、二四日、二五日、二八日、三一日、二月一〇日、一三日、三月六日、一八日、四月五日、一五日に吉田外科病院に通院加療を受けた。

2同(二)2の事実のうち、若瀬、椎名がそれぞれ原告主張の地位職責にあつたことを認めるが、その余の事実を否認する。

3  同(二)3の事実のうち、斉藤が原告主張の地位職責にあり地方公務員災害補償法により原告主張の手続をとり公務上との認定を得たことを認めるが、その余の事実を否認する。

4  同(二)4の事実は不知。

5  同(二)5につき、岩瀬らが原告主張のとおり配慮すべき義務を負うことは認めるが、その余の事実を否認する。岩瀬らは後記6で述べる如く原告に対し配慮を尽くした。

6  巣鴨署次長岩瀬は、事故当日根本から原告負傷の報告を受けたので、診療を終えて署に戻つた原告に対しその状況を尋ね、公務災害補償請求手続をとるように勧めたところ、原告が辞退したので、警ら第三係長警部補宮沢宗平に同手続をとるように指示した。宮沢は警務係公務災害補償事務担当者巡査小倉茂男とともに交々原告に右請求をするように勧めたが、原告は辞退を続け当日右請求をしなかつた。

その後も原告は右請求をしなかつたが、同年四月一八日赤心堂第二病院で診察を受けるに及び宮沢の後任者である警ら第三係長警部補中田兼光の勧めに従い、はじめて右請求の代行を中田に依頼した。中田は小倉に必要な書類の作成を依頼し、同人らは必要資料をそろえて原告主張のように五月一四日地方公務員災害補償基金東京支部に地方公務員公務災害補償認定請求を行ない、同月三〇日原告の受傷は公務上の災害と認定された。

(三)  請求原因(三)の事実につき、原告が吉田外科病院、赤心堂第二病院、東京警察病院と順次入院あるいは通院し、右赤心堂第二病院で精密検査を受けたこと、退職したことを認めるが、その余の事実を争う。

(四)  同(四)の事実につき、根本、岩瀬、椎名、斉藤がそれぞれ被告の被用者であることを認める。

三  抗弁

原告の本件受傷の一因は根本の突き技にも存するが、右突き技は、持てる技能の全部を傾注すべき剣道の相互練習中に、何らルールに反することなく行使された正当技であるから、違法性を阻却する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実を争う。受傷時の練習は、根本がその直前の相互練習中下段者である原告に二対三で敗れたことにより、助教の中止命令を無視して原告に強要した個人的感情に基づく一本無制限の試合であつて、正当な剣道練習にあたらないから、その間の突き技は正当行為とはいえない。

第三  証拠〈略〉

理由

第一剣道事故

一事故発生

原告が警視庁巡査として巣鴨署在勤中昭和四三年一月二三日午後同署道場で同署警部補根本篤三と勤務の一部たる体育訓練の剣道練習中、根本に対し面を打とうとして踏みこんだとき、根本から下顎に突を受け、同日吉田外科病院で頸椎捻挫等の診断を得たことは争いがない。

二根本の加害行為の違法性

(一)  一般に参加者の自由意思にもとづき実施された競技中の受傷については、加害者の行為がその競技の規則に反することがなく、通常許容された行動であるかぎり(従つて故意、重過失による行為は含まない)、被害者はその競技中に右加害者の行為から生ずる通常の傷害を受けることを予め承諾していると解すべきであるから、右加害行為が軽過失によるものであつても不法行為を構成しない。

また、生じた傷害の程度がその競技により生ずる通常の程度を上廻り、予じめの承諾の範囲を超えたときは、加害者は故意過失の存する限り不法行為の責を免れない。

(二)  そこで〈証拠〉によれば、剣道は巣鴨署における体育の正課であつて警察官は一か月数回、日勤の場合午後三時半から五時までの練習時間に道場に出て練習するよう要請されており、右事故当時の昭和四三年一月二二日は冬期特別訓練期間中にあたり、警察官は特に一定回数以上の練習をする義務を負つていたこと、剣道の練習には、剣道の指導者にあたる助教が練習をつける指導練習、相手を自由に選択してなす相互練習、いわゆる試合にあたる試合練習の三つの方法があること、原告と根本とは当日四時ころから巣鴨署道場において準備運動の後相互練習を始め、この練習中に前記事故が発生したこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反し、根本が二対一で三本勝負に敗れ、原告に無理強いして行なつた練習中右事故が発生した旨の原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし採用しない。そして右事実によれば、右事故は原告および根本の自由意思にもとづき実施された剣道練習中に発生したことは明らかである。

(三)  〈証拠〉によれば、原告は本件事故により頸椎椎間板の中程度の変性障害、脊髄症状の傷害を受け、頸部痛、肩胛部痛、肩こり、耳鳴り、左手指しびれに苦しみ、吉田外科病院に通院後、昭和四三年四月から赤心堂第二病院で約六か月間入院加療を受けるなどしたが今日に至るまでなお右症状の回復を見ないことが認められる。右傷害は剣道練習中に受けたといつても通常生ずる傷害の程度をはるかにこえるから、原告は右傷害を受けることを予じめ承諾したとはいえない。従つて根本に前記過失が存すれば不法行為が成立しうるのである。

三根本の帰責事由

(一)  競技事故における過失を考えてみる。

競技そのものは適法行為であり、各種の競技はそれぞれ規則を異にし、その包含する危険の性質、程度も異なつているから、注意義務の有無等を検討するに当り、競技の目的、効用、競技から生ずる危険の程度、その発生の蓋然性も考慮すべきである。

本件剣道練習は警察官の勤務の一部として実施されたことは前記のとおりである。警察官は公共の安全と秩序を維持するため自らの危険を顧みることなく被疑者の逮捕等の困難な職務を遂行すべき職責を負つていることにかんがみ、右剣道練習は単に体力の増強のみを目的とするだけではなく、敢然職務上の危険に対処しうる勇気、注意力の養成等の精神的訓練をも目的とするものと解せられる。この点で本件剣道練習は巷間のそれと目的効用を異にするのであつて、このことは注意義務の判定に当り重要な影響を及ぼすものである。

さらに柔剣道などのように相手方の身体に直接攻撃を加えることを内容とする競技においては、野球・バレーボールなどのようにかような直接攻撃を内容とせず、競技の過程で相手方の身体に対する多少の危険を包含しているにすぎない競技に比較して、危険の程度、発生の蓋然性は大であるから、競技中の相手方の安全に対する注意義務をこれよりも厳格に解すべく、その際相手方との技術の差は特に重要な要素であつて、自己より技術劣る者に対する右注意義務は加重されるといわざるを得ない。

(二)  〈証拠〉によれば、根本は突を得意技とし、平常剣道練習中にしばしばこれを用いていたが、原告は突に弱く、本件事故直前にも根本から原告の胴に軽い突を入れられていたこと、当日原告と根本とは面や胴着等防具を完全に着用して練習しており、原告が根本の面を勢いよく打ちこんできたときに、根本は原告の動く瞬間をねらつて、得意技である突を踏みこまずに入れたところ、根本の剣先が原告の面の顎部の鉄の凹んだ部分を下から上へ突上げるように当たり、原告は首を右に曲げられて後ろにのけぞつたことが認められる。

(三)  〈証拠〉によれば、本件事故発生当時原告は警視庁剣道初段で他の運動競技にも長じており、根本は同二段であつたことが認められ、〈証拠〉によれば、剣道初段の者と二段の者とは、技術に大差なく、対等に練習できることは明らかである。

また、〈証拠〉によれば、突は全日本剣道連盟はもとより警察剣道においても技として認められており、応用技である片手突や相手が動く瞬間にその出ばなを突く出ばな突などとともに剣先で打突の部位を正確に打突したとき有効な突技となるとされていることが認められる。

(四)  前記三(一)の見地に立つて右事実を考察する。

本件では前記のとおり根本と原告とは技術において大差はないのであるから、根本は技術の劣つた者に対して負うところの危険な技を差控える等の注意義務を原告に対しても負うものではなく、むしろ原告においてその身体の安全を十分防禦できることを前提として、突を含む技を十分に用いうべく、突を用いたからとてそれだけで注意義務違反とはいえない。

ところで根本は原告が面を打とうとする出ばなをねらつて踏みこまずに突を入れたところ原告の下顎を突いてしまつたのである。このような出ばな突自体は剣道の規則に違反するものでないことは前記のとおりである。出ばな突は通常高度の技術を要し、初心者が行なえば相手方を負傷させる等の危険をもたらすことは経験則上明らかである。しかし前記の本件剣道練習の目的、効用にかんがみ、かつ根本は剣道二段とはいえ右の突技の練習を重ね得意技として活用していたこと前記のとおりであるから、同程度の技術を有し、運動に長じている原告に対して右の突を入れないようにするとの注意義務を負うものではなく、ここに根本の過失を問うことは困難である。

また根本が正確に原告の咽喉部を突かなかつた点も、技術に大差ない原告が面を打とうとして動いていたときであることおよび本件剣道練習の目的効用が前記のとおりであることを考えれば、出ばな突に危険があるとはいつても、この点について根本の過失を問うことは困難である。

その他本件では根本に何らかの注意義務違反ありと認定する事情を認めることができない。

(五)  結局本件事故に関して根本に故意はもとより、何らの過失をも問い得ないといわざるを得ない。

四結論

よつて根本の加害行為は不法行為を構成しない以上、右剣道事故にもとづく原告の損害賠償請求はその余を判断するまでもなく理由がない。

第二配慮義務違反

一配慮義務

一般に使用者は被用者に対しいわゆる配慮義務を負うものであるが、本件のように被用者が勤務中負傷した場合、使用者は右配慮義務として負傷の部位程度に応じ被用者に対し必要な治療を受けさせ、かつこれが公務に起因するときは、災害補償に関する法令に従い被用者をしてその権利に属する補償を受けさせるよう具体的事情に応じて手続上の便宜を供与しなければならない。これは使用者の単なる行政取締法上の義務(国家公務員災害補償法八条参照)たるにとどまらず、被用者に対する労働契約上の義務でもあるから、使用者はこの義務を尽くさないとき被用者に対し契約上又は不法行為上の損害賠償義務を負う。また使用者に代つて被用者を監督する者、災害補償事務を担当する者が使用者に属する配慮を尽くさなかつた場合にも使用者は民法七一五条等により損害賠償義務を負う。

二義務違反についての証拠

本件事故後の状況につき、原告本人は、「原告は事故後激しい頭痛のため三日間自宅で静養を続けた。同年一月二六日ころ一旦登庁し三日間の休暇届と今後の休暇願を剣道練習による負傷を理由として提出したが上司たる椎名警ら課長から拒まれ代りに当分欠勤しても勤務したと取扱う旨告げられた。また、地方公務員災害補償法による公務災害補償および適当な病院の紹介をも求めたがその効なく、一週間自宅で休養しながら時折り吉田外科病院に通院した。事故後一〇日目に要請により登庁したら、椎名警ら課長にののしられて止むを得えず勤務についた。原告はこのときも、ついで同年二月自動車警ら勤務から交番勤務になつた後も再三にわたり、上司、公務災害補償担当者等に、何度も苦痛を訴え公務災害補償請求をしたいので手続上の援助を求める旨申出たが全く受け付けてくれなかつた。ついに原告は頭痛等が益々ひどくなつたので、同年四月二二日赤心堂第二病院に入院した。」旨供述し、証人奥山信子の証言もこれに添うが、これらはいずれも後記事実関係に照らし採用しない。

三義務の履行

(一)  〈証拠〉によれば、原告は前記のとおり巣鴨署道場で剣道練習中根本の突を受け負傷したので、原告と根本とは直ちに練習を中止して巣鴨署次長岩瀬信雄に事情を報告し、原告は岩瀬の指示に従い吉田外科病院(巣鴨署附近にあり署員が屡受診する。)医師吉田大三から治療を受け、加療二、三日を要する頸椎捻挫との診断を得、応急処置を施され、巣鴨署に戻り、その旨の報告をしたこと、原告は当日公務災害補償制度のあることを上司から改めて教示されながらこれを請求したいとの意向を示さなかつたことが認められる。

(二)  〈証拠〉によれば、原告が本件事故当時勤務していた自動車警らは、三日間を周期として順次日勤、当番(夜勤)、非番とする勤務方法をとり、隔日勤日を休日としていたこと、原告は事故当日の一月二三日は日勤、翌二四日は当番、二五日は非番と順次定められており、本件事故後の当番日である一月二四日、二七日、三〇日、日勤日である二月四日、当番日である二月五日にはそれぞれ勤務についたこと、原告は事故の翌日である一月二四日午後二時ころから勤務についたが、午後九時ころ頭痛がはげしくなつたので吉田外科病院で治療を受け、巣鴨署内で一時静養したこと、原告は同年二月中旬交通違反を犯し自動車警ら勤務を免ぜられるまでその他の日勤、当番日は正常に勤務し(後記休暇を除く)、相乗務者北条義人に対しても公務災害補償に関する不満を訴えていなかつたこと、原告は非番である一月二五日、二八日、三一日にそれぞれ吉田外科病院に通院し、一月二六日の日勤日は休日、二九日の日勤日は有給休暇をとつて(休暇理由は頸部疾患療養である。)それぞれ勤務しなかつたことが認められる。このような勤務状態であれば、よい医師の紹介を求めたり、欠勤の理由づけとして公務災害補償を急ぐといつた事情ではない。吉田外科病院における療養費の殆どは公務上公務外いずれにしても原告の負担に帰するものではないから、これまた右補償を急ぐ事情ではない。

(三)  〈証拠〉によれば、原告は事故の一週間ほど後に剣道助教の荻野を訪ね、頸部の痛みや頭痛を訴え灸をすえたことはあるが、同人に対して公務災害補償を得たい旨を述べなかつたことが認められる。

(四)  前記(二)(三)の事実と、〈証拠〉によれば、原告は事故後前記のような勤務状態のため上司の岩瀬次長、椎名警ら課長、公務災害補償担当の斉藤警務係長、小倉茂男同係員らに対し、よい医師の紹介を求めず、かつ公務災害補償を請求しなかつたこと、原告は同年二月に入つてからも数回にわたつて患部に痛みを訴え、椎名課長から元気を出すよう激励され、吉田外科病院に約一週間から一〇日おきに通院していたころ、同年四月上旬ころから頸部の症状が次第に悪化の傾向をたどり、勤務中においても疼痛をはげしく訴える位になり、同年四月一八日赤心堂第二病院において精密検査を受け、六か月の入院加療を要すると診断されたこと、そのため原告は直ちに上司たる警ら第三係長中田兼光に公務災害補償請求を依頼し、中田は担当者小倉と協力して原告名義の申請書を作成し、その他の必要書類を添付して同年五月一四日地方公務員災害補償基金に補償請求したところ、同月三〇日原告の受傷が公務上の傷害であると認定され公務災害補償受給のはこびとなつたこと、以上の事実が認められる。

四右のような事情のもとでは、岩瀬、椎名、斉藤、中田、小倉ら原告の上司と公務災害補償担当者とが、原告の要求に反してよい医師を紹介しなかつたとか、原告の災害補償請求を妨げたとはいえない。また公務災害補償につき右事故直後教示を受けている原告が同年四月まで右補償請求をしない場合、右の者が原告に対し右請求をするよう勧告する等必要な手続上の援助を積極的にしなくても配慮義務違反とはいい難い。

それ故原告の上司らの配慮義務違反を前提とする原告の損害賠償請求はその余を判断するまでもなく理由がない。

第三結論

よつて原告の請求はすべて理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(沖野威 大沼容之 南敏文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例